1965年のヒット曲
色々なヒット曲があった1965年の歌謡曲の中から真っ先に選ぶとすれば……
『柔』(作詞:関沢新一、作曲:古賀政男、唄:美空ひばり)
♪~勝つと思うな、思えば負けよ~
1965年のレコード大賞受賞曲です。この歌で紅白歌合戦のトリを務めます。190万枚の売上げを記録した美空ひばりの最大のヒット曲。ちなみに、2位は「川の流れのように」の150万枚、3位は「悲しい酒」の145万枚。
「柔」は、若き柔術家が正しい柔術の道(柔道)を模索する姿を描いた日本テレビの連続ドラマ『柔』(1964年10月27日~65年4月13日放送)の主題歌で、ドラマを監督した渡辺邦男が古賀政男に作曲依頼しました。『柔』と同じ日本電波映画が製作した『姿三四郎』の主題歌(♪~人に勝つより、自分に勝てと~)を作詞した関沢新一が作詞。最初のフレーズが同じ感じね。
抑え気味の歌い出しから次第に高揚し、やがてサビの部分(♪~一生一度を、待っている~)で “ひばり節”全開で~す。
『女心の唄』(作詞:山北由希夫、作曲:吉田矢健治、唄:バーブ佐竹)
♪~あなただけはと信じつつ、恋におぼれてしまったの~
女の“怨”と“自虐”の心がふんだんに歌いこまれた女歌を、醜男のバーブ佐竹が甘くソフトな低音で切々に歌ってヒット。新宿のクラブ女王蜂で歌っていたバーブ佐竹は、ホステスさんに意外な人気がありました。心にひとつやふたつの古傷を持つ女性たちにとって、「顔じゃないよ、心だよ」の心意気が通じたんでしょうね。新宿歌舞伎町のママたちが呼びかけて、さらに池袋、浅草のネオン街で働く女性たちを加えて後援会ができ、レコード大賞新人賞を受賞。
『兄弟仁義』(作詞:星野哲郎、作曲:北原じゅん、唄:北島三郎)
♪~親の血をひく兄弟よりも、かたいちぎりの義兄弟~
北島三郎最初のミリオンセラーです。3月10日に発売されるや、またたくまにヒット。星野哲郎がコロムビアからクラウンに移籍を決め、北島三郎に別れを告げると、北島は「俺たちは義兄弟じゃないか」と言って、星野と行動を共にします。星野は、その時の感激を渡世人の行動になぞらえて作詞。北島三郎に硬派のイメージを定着させることになりました。時代劇路線から任侠路線に変更していた東映がこの歌を見逃すはずがなく、北島三郎主演で“兄弟仁義”シリーズの制作開始。66年の『兄弟仁義』をふり出しに、71年の『関東兄弟仁義・任侠』まで、『続兄弟仁義』『兄弟仁義・関東三兄弟』『兄弟仁義・続関東三兄弟』『兄弟仁義・関東命しらず』『兄弟仁義・関東兄貴分』『兄弟仁義・逆縁の盃j』『新・兄弟仁義』と、9本作られています。
大ヒットの「兄弟仁義」でしたが、ヤクザ礼賛を感じさせる歌詞で、お固いNHKの歌謡番組では歌うことができず、歌えたのは78年になってからでした。
『網走番外地』(作詞・作曲:不詳、唄:高倉健)
♪~春に、春に追われし、花も散る。酒(きす)ひけ、酒(きす)ひけ、酒(きす)暮れて~
映画主題歌として歌われ、ヒットします。作詞・作曲者は不詳で、受刑者たちが無聊を慰めるために、戦前から歌い継がれてきたものです。レコード化にあたっては、タカオ・カンベが補作し、山田栄一が編曲しています。健さんの歌は、お世辞にも上手いとは言えませんが、雰囲気がありますな。哀愁をたたえたドスのきいた低音で、服役者の心情を素朴にうたいあげた高倉健なくしてはヒットしなかった曲です。
♪~酒(きす)ひけ、酒(きす)ひけ、酒(きす)暮れて~の部分がヤクザ用語で放送禁止歌になり、♪~馬鹿を、馬鹿を承知のこの稼業~と、再録にあたっては歌詞が変更になりました。
『二人の世界』(作詞:池田充男、作曲:鶴岡雅義、唄:石原裕次郎)
♪~君の横顔、素敵だぜ。すねたその瞳(め)が、好きなのさ~
高倉健が東映のエースなら、石原裕次郎は日活のエース。裕次郎は俳優としてだけでなく、歌手としても多くのヒット曲を出しています。52年の生涯で520曲あまりの歌をレコーディング。その中で最大のヒット曲が、「二人の世界」です。ちなみに2位は、「赤いハンカチ」ね。「赤いハンカチ」と同様に「二人の世界」も歌が先にあり、大ヒットをうけて翌年に映画化されています。鶴岡雅義のレキントギターのイントロから甘いムードがいっぱい。裕次郎は、ラブシーンそのままに歌いま~す。
『赤いグラス』(作詞:門井八郎、作曲:牧野昭一、唄:アイ・ジョージ&志摩ちなみ)
♪~唇よせれば、なぜかしびれる、赤いグラスよ~
純粋にカラオケだけを楽しむカラオケボックスが誕生する以前、クラブなどの酒席の余興としてカラオケで歌われる時、ホステスさんとのデュエットの定番が、「東京ナイトクラブ」「銀座の恋の物語」と、この「赤いグラス」でした。腹の底から絞り出すような響きある声で歌うアイ・ジョージと、対照的に楚々とした志摩ちなみの歌唱が見事にバランスしており、6月に発売されるやヒット。サビの部分の“♪~涙、涙、涙”“♪~夢を、夢を、夢を”“♪~いつも、いつも、いつも”と、言葉を繰り返す都度にテンションを高めていく曲調が、デュエットする二人を酔わせる仕掛けになっていたので~す。
『愛して愛して愛しちゃったのよ』(作詞・作曲:浜口庫之助、唄:田代美代子&和田弘とマヒナスターズ)
♪~愛しちゃったのよ、愛しちゃったのよ、あなただけを、死ぬほどに~
和田弘とマヒナスターズは、松尾和子(「グッドナイト」「誰よりも君を愛す」「お座敷小唄」)、多摩幸子(「北上夜曲」)、吉永小百合(「寒い朝」)、三沢あけみ(「島のブルース」)など女性歌手とのデュエットによるヒット曲が多くありますが、これもその一つ。紅白歌合戦では、和田弘とマヒナスターズの歌として田代美代子は出場できませんでしたが、翌年の紅白ではマヒナとデュエットした曲「ここがいいのよ」で紅組出場をはたしました。
作詞・作曲した浜口庫之助は、当時、後に妻となる渚まゆみに恋しており、その想いを詞にしたとのこと。ムードたっぷりの曲と相俟って、幼い子供までが意味のわからぬまま、語呂のよさに惹かれて歌っていましたねェ。
『さよならはダンスの後に』(作詞:横井弘、作曲:小川寛興、唄:倍賞千恵子)
♪~何も言わないで、ちょうだい。黙ってただ、踊りましょう~
『月光仮面』や『快傑ハリマオ』などのテレビ主題歌を作曲していた小川寛興が温めていた曲に、横井弘は女性の話しかけ言葉で別れる心情をせつせつと訴える見事な詞をつけました。「下町の太陽」の影響で、そのイメージが浸透しすぎ、大人ムードに脱皮しきれないでいた倍賞千恵子が歌います。だけど、発売会議での評価は低く、NHKの『きょうのうた』の「妹よ」とのカップリングで、最低枚数で発売。当初の出足は鈍かったものの、じわじわ広まり、漫才のかしまし娘が歌ネタに使ったことから関西方面で火がつきます。年末までに150万枚を突破し、レコード大賞作曲賞を受賞。
『柔』(作詞:関沢新一、作曲:古賀政男、唄:美空ひばり)
♪~勝つと思うな、思えば負けよ~
1965年のレコード大賞受賞曲です。この歌で紅白歌合戦のトリを務めます。190万枚の売上げを記録した美空ひばりの最大のヒット曲。ちなみに、2位は「川の流れのように」の150万枚、3位は「悲しい酒」の145万枚。
「柔」は、若き柔術家が正しい柔術の道(柔道)を模索する姿を描いた日本テレビの連続ドラマ『柔』(1964年10月27日~65年4月13日放送)の主題歌で、ドラマを監督した渡辺邦男が古賀政男に作曲依頼しました。『柔』と同じ日本電波映画が製作した『姿三四郎』の主題歌(♪~人に勝つより、自分に勝てと~)を作詞した関沢新一が作詞。最初のフレーズが同じ感じね。
抑え気味の歌い出しから次第に高揚し、やがてサビの部分(♪~一生一度を、待っている~)で “ひばり節”全開で~す。
『女心の唄』(作詞:山北由希夫、作曲:吉田矢健治、唄:バーブ佐竹)
♪~あなただけはと信じつつ、恋におぼれてしまったの~
女の“怨”と“自虐”の心がふんだんに歌いこまれた女歌を、醜男のバーブ佐竹が甘くソフトな低音で切々に歌ってヒット。新宿のクラブ女王蜂で歌っていたバーブ佐竹は、ホステスさんに意外な人気がありました。心にひとつやふたつの古傷を持つ女性たちにとって、「顔じゃないよ、心だよ」の心意気が通じたんでしょうね。新宿歌舞伎町のママたちが呼びかけて、さらに池袋、浅草のネオン街で働く女性たちを加えて後援会ができ、レコード大賞新人賞を受賞。
『兄弟仁義』(作詞:星野哲郎、作曲:北原じゅん、唄:北島三郎)
♪~親の血をひく兄弟よりも、かたいちぎりの義兄弟~
北島三郎最初のミリオンセラーです。3月10日に発売されるや、またたくまにヒット。星野哲郎がコロムビアからクラウンに移籍を決め、北島三郎に別れを告げると、北島は「俺たちは義兄弟じゃないか」と言って、星野と行動を共にします。星野は、その時の感激を渡世人の行動になぞらえて作詞。北島三郎に硬派のイメージを定着させることになりました。時代劇路線から任侠路線に変更していた東映がこの歌を見逃すはずがなく、北島三郎主演で“兄弟仁義”シリーズの制作開始。66年の『兄弟仁義』をふり出しに、71年の『関東兄弟仁義・任侠』まで、『続兄弟仁義』『兄弟仁義・関東三兄弟』『兄弟仁義・続関東三兄弟』『兄弟仁義・関東命しらず』『兄弟仁義・関東兄貴分』『兄弟仁義・逆縁の盃j』『新・兄弟仁義』と、9本作られています。
大ヒットの「兄弟仁義」でしたが、ヤクザ礼賛を感じさせる歌詞で、お固いNHKの歌謡番組では歌うことができず、歌えたのは78年になってからでした。
『網走番外地』(作詞・作曲:不詳、唄:高倉健)
♪~春に、春に追われし、花も散る。酒(きす)ひけ、酒(きす)ひけ、酒(きす)暮れて~
映画主題歌として歌われ、ヒットします。作詞・作曲者は不詳で、受刑者たちが無聊を慰めるために、戦前から歌い継がれてきたものです。レコード化にあたっては、タカオ・カンベが補作し、山田栄一が編曲しています。健さんの歌は、お世辞にも上手いとは言えませんが、雰囲気がありますな。哀愁をたたえたドスのきいた低音で、服役者の心情を素朴にうたいあげた高倉健なくしてはヒットしなかった曲です。
♪~酒(きす)ひけ、酒(きす)ひけ、酒(きす)暮れて~の部分がヤクザ用語で放送禁止歌になり、♪~馬鹿を、馬鹿を承知のこの稼業~と、再録にあたっては歌詞が変更になりました。
『二人の世界』(作詞:池田充男、作曲:鶴岡雅義、唄:石原裕次郎)
♪~君の横顔、素敵だぜ。すねたその瞳(め)が、好きなのさ~
高倉健が東映のエースなら、石原裕次郎は日活のエース。裕次郎は俳優としてだけでなく、歌手としても多くのヒット曲を出しています。52年の生涯で520曲あまりの歌をレコーディング。その中で最大のヒット曲が、「二人の世界」です。ちなみに2位は、「赤いハンカチ」ね。「赤いハンカチ」と同様に「二人の世界」も歌が先にあり、大ヒットをうけて翌年に映画化されています。鶴岡雅義のレキントギターのイントロから甘いムードがいっぱい。裕次郎は、ラブシーンそのままに歌いま~す。
『赤いグラス』(作詞:門井八郎、作曲:牧野昭一、唄:アイ・ジョージ&志摩ちなみ)
♪~唇よせれば、なぜかしびれる、赤いグラスよ~
純粋にカラオケだけを楽しむカラオケボックスが誕生する以前、クラブなどの酒席の余興としてカラオケで歌われる時、ホステスさんとのデュエットの定番が、「東京ナイトクラブ」「銀座の恋の物語」と、この「赤いグラス」でした。腹の底から絞り出すような響きある声で歌うアイ・ジョージと、対照的に楚々とした志摩ちなみの歌唱が見事にバランスしており、6月に発売されるやヒット。サビの部分の“♪~涙、涙、涙”“♪~夢を、夢を、夢を”“♪~いつも、いつも、いつも”と、言葉を繰り返す都度にテンションを高めていく曲調が、デュエットする二人を酔わせる仕掛けになっていたので~す。
『愛して愛して愛しちゃったのよ』(作詞・作曲:浜口庫之助、唄:田代美代子&和田弘とマヒナスターズ)
♪~愛しちゃったのよ、愛しちゃったのよ、あなただけを、死ぬほどに~
和田弘とマヒナスターズは、松尾和子(「グッドナイト」「誰よりも君を愛す」「お座敷小唄」)、多摩幸子(「北上夜曲」)、吉永小百合(「寒い朝」)、三沢あけみ(「島のブルース」)など女性歌手とのデュエットによるヒット曲が多くありますが、これもその一つ。紅白歌合戦では、和田弘とマヒナスターズの歌として田代美代子は出場できませんでしたが、翌年の紅白ではマヒナとデュエットした曲「ここがいいのよ」で紅組出場をはたしました。
作詞・作曲した浜口庫之助は、当時、後に妻となる渚まゆみに恋しており、その想いを詞にしたとのこと。ムードたっぷりの曲と相俟って、幼い子供までが意味のわからぬまま、語呂のよさに惹かれて歌っていましたねェ。
『さよならはダンスの後に』(作詞:横井弘、作曲:小川寛興、唄:倍賞千恵子)
♪~何も言わないで、ちょうだい。黙ってただ、踊りましょう~
『月光仮面』や『快傑ハリマオ』などのテレビ主題歌を作曲していた小川寛興が温めていた曲に、横井弘は女性の話しかけ言葉で別れる心情をせつせつと訴える見事な詞をつけました。「下町の太陽」の影響で、そのイメージが浸透しすぎ、大人ムードに脱皮しきれないでいた倍賞千恵子が歌います。だけど、発売会議での評価は低く、NHKの『きょうのうた』の「妹よ」とのカップリングで、最低枚数で発売。当初の出足は鈍かったものの、じわじわ広まり、漫才のかしまし娘が歌ネタに使ったことから関西方面で火がつきます。年末までに150万枚を突破し、レコード大賞作曲賞を受賞。
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